地下深く掘り、地下水を汲みあげるようにしたもの。掘り抜き井戸などがあります。
井戸は、戸別に置かれる場合もありますが、集落の中では数戸単位で設置されることが多いようです。井戸端会議と言うように、生活の一部である井戸端は格好の会話の場所となります。 水は生活にとって欠かせないものであり、それを汲み上げる井戸は重要視されました。数万の神がいるとされる日本には井戸神という神様もいます。弥都波能売神(みづはのめのかみ、水神)という神様です。イモリも井戸を守る「井守」から来ているという説があります。それだけ神聖なものとされている一方で禁忌も多くあり、例えばむやみに井戸を覗き込んではいけないとされています。 また、地下の黄泉に繋がる異界への入り口とも考えられていました。そういえば井戸には怖い話が多いですね。 横井戸 丸井戸、 まいまいず井戸、 掘り抜き井戸 浅井戸と深井戸 自噴井 江戸下町の井戸 孔口 など井戸にもたくさんの種類や用法がありますが、それはまたおいおい紹介しますね。
tところで家は井戸水なのですが井戸水は美味しいって言いますけどはたしてそうなんでしょうか?30年前ならともかく、環境ホルモンだなんだと騒がれる今の世の中で地下を流れている水が本当にきれいなままであるのかどうか非常に不安です。そういえば私の通っていた小学校にはわき水が沸いていました。鉄パイプで通してあるのですが、パイプに空いた穴から噴水のように水が飛び出しているんです。当然わき水ですから止まることは有りません。夏などは職員がすいかを冷やしているなんて言う光景も見られました。今思うと非常にのどかな光景です。そのわき水はとてもおいしくて冷たくて。そういえば小学校時代は水道水を飲まなかったなと思いまして、なんとまぁ、都会からしてみたら非常に水に贅沢な小学校であったなと思い出しました。そんな母校でしたが久々に行ってみるとわき水のコーナーは無くなっていました。やはり地下水汚染など様々な原因があったのでしょうが…。当時のキラキラしたわき水とそこに集う友人・先生との会話、断片的な思いでですがその場所がとても重要だったような気がします。
井戸というと夏のイメージがありますね。「井戸ばた」というのがなんだか涼し気に感じるせいでしょうか?水の豊かな日本ではいまだに井戸端を使って洗濯や野菜を洗うところがあるんだそうです。綺麗な水でないと出来ない事ですよね。そういえば水のきれいな場所では肌の綺麗な人が多いといわれています。やはり綺麗な水というのはからだに良いのでしょうね。以前にテレビでみたことがあるのですが水の豊富な町で町中に水路が巡らしてある光景がとても素敵だったのを記憶しています。こんなところで暮らせたら素敵だろうなとおもうくらいに水と暮らす人々の表情がいきいきしていたのが印象的でした。きれいな水は心にもよいのかもしれませんね。
井戸というと発掘された江戸時代の井戸を調べてみると、井戸枠にはきちんとした焼き物が使われ、底には石と木炭が敷き詰められていたそうです。木炭というと現在でも水道水をおいしくするために水に炭を沈めておく事がありますよね。昔の人もその原理を知っていて、井戸の中でも浄水ができるように配慮してつくっていたようです。江戸時代というと井戸ばたで洗濯や食事の用意をしたりと、長屋のコミュニケーションの場でした。綺麗な水端で話も盛り上がったのでしょう…がしかし、江戸の井戸は実は井戸ではなかったそうなのです。江戸っ子は水道の水で産湯を使い…とあるように、江戸には水道が通っていたのだそうな。しかし、今の水道のように蛇口をひねって水が出るというわけではありません。水道の水は樋を下って、共同の井戸に溜められました。そこから皆でくみ上げて使っていたのですね。江戸時代は以外と近代的だったのかもしれません。
現代では綺麗な水は購入しないと手に入りにくい時代になりました。それでも日本にはまだ綺麗な水場がたくさんあります。水を守り、後の子孫にも美味しい水が伝えられるようにしたいものですね。